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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(行ツ)27号 判決 1985年12月20日

大阪市南区上汐町大治アーバンライフ三一一号

上告人

阪本実

右訴訟代理人弁護士

木ノ宮圭造

滝井繁男

仲田隆明

大阪市南区谷町七丁目五番二三号

被上告人

南税務署長 人西操

右指定代理人

寺島健

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五七年(行コ)第五一号所得税更正請求棄却処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年一一月三〇日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木ノ宮圭造、同滝井繁男、同仲田隆明の上告理由第一点について

上告人の本件譲渡代金回収不能の主張は理由がないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでその不当をいうものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 木下忠良 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎)

(昭和五九年(行ツ)第二七号 上告人 阪本実)

上告代理人木ノ宮圭造、同滝井繁男、同仲田隆明の上告理由)

上告理由第一点

原判決は、上告人が本件土地譲渡代金の代わりに劣後的更正債権を取得したのは、自ら債権放棄をしたに等しいと判断し、所得税法第六四条第一項の適用を拒んだが、これは上告人の主張を誤解し、かつ、同条項の解釈を誤るものであって、理由不備である。

民事訴訟法第三九五条第一項第六号該当

一 原判決は、所得税法第六四条第一項適用について、折角、収入金額回収の不能を、譲渡代金及びその代わり債権を含めて決するべきであることを正当に判示しながら、上告人が、帝塚山観光に対する本件四億円の売買代金債権の弁済に代えて、はじめから回収できないことを予測しながらあえて阪本紡績外に対する劣後的更生債権の給付を受ける契約を締結したから、自ら債権放棄をしたに等しいとし、本件は、所得税法第六四条第一項にいう「回収することができないこととなった」場合に該当しないという。

しかし乍ら、上告人が帝塚山観光に対する売買代金債権を喪ない、その代わりに阪本紡績外に対する劣後的更生債権を取得するに至ったのは、代物弁済契約その他上告人の自由な意思に基づくものではなく、上告人がかねて設定していた根抵当権の被担保主債務者・阪本紡績が倒産し、そして担保権利者が 取した四億円が弁済されたことの必然的結果であって、上告人が債権放棄したに等しいなどと到底いえる筋合いのものではない。上告人の売買代金債権四億円は、上告人の意思と関係なく、上告人が如何に反対しようとも阪本紡績外に対する劣後的更正債権四億円に代わってしまう運命だったのである。

そして、結局売買代金債権四億円の代わり債権であるこの更正債権が所得税法第六四条第一項の適用上、回収することができないこととなったのは、更生計画認可の時点であるから同条項を適用できない理由は全くない。

二 原判決の根本的誤りは、先ず上告人の主張を誤解し、上告人と帝塚山観光が売買代金債権四億円の弁済に代えて劣後的更生債権を譲渡する契約を締結したとする点にある。

そこで以下にこの基本的誤認を摘出する。

先ず原判決は、上告人の主張を要約して次の通りであるという。すなわち判決理由を遂語的に援けば、

(a) 上告人は、帝塚山観光に対し、本件物件を五〇六、四一七、二〇〇円で売却したが、

(b) 本件物件には主債務者・阪本紡績、権利者・泉州銀行とする極度額四億円の根抵当権が設定されており、

(c) 上告人がこの根抵当権を抹消しないで帝塚山観光に本件物件を売渡したところ、

(d) 帝塚山観光は、売買代金の支払いを留保する一方、

(e) 本件物件の第三取得者として右担保権を抹消するために泉州銀行に四億円を弁済して阪本紡績に対する四億円の求償債権を取得し、

(f) これを売買代金の弁済に代えて上告人に譲渡した。(上告人は代物弁済を主張するものと思われる)。

(g) 右四億円の求償債権は、阪本紡績と常陸紡績との会社更生手続との関係では、阪本紡績に対する三〇六、六〇〇、〇〇〇円の劣後的更生債権(イの更生債権)と常陸紡績に対する九三、四〇〇、〇〇〇円の劣後的更生債権(ロの更生債権)として取扱われたが、

(h) 右更生債権は弁済しないことにするとの内容の更生計画案が可決認可された。その結果、上告人は、右債権合計四億円の支払いをうけることができなくなった。

(i) 従って、上告人は、本件売買代金のうち四億円を回収することの不可能であることが確定的になった。

というのである。

三 しかし乍ら、原判決の右要約は上告人の主張を正確に促えているとはいえず、(f)の点に於いて明らかに誤っており、(c)、(e)、(g)、(i)の点に於いて不十分であり、その他以下に述べる諸々の点を見落としている。

先ず、(f)の点について、原判決は、あたかも上告人と帝塚山観光が自由な立場で交渉し、その結果、四億円の売買代金債権の弁済に代えて阪本紡績に対する求償債権四億円を譲渡する契約を締結したといい、又(e)、(g)に関し、帝塚山観光がこの求償債権を取得し、これが会社更生手続上阪本紡績に対するイの更生手続と常陸紡績に対するロの更生債権として取扱われたというけれども(更生管財人の意思が働いているみたいである)上告人がイ、ロの更生債権を取得するに至った経過の法律構成は、判決のいうところと全く異なる。

四 先ず、売主・上告人と買主・帝塚山観光間の本件物件売買契約に於いて、四億円の根抵当権抹消の義務が上告人にあったことは明らかであって、この点に留意しなければならない。前記第二項(c)の原判決の摘示は不正確である。

根抵当権抹消債務は、売買代金額五〇六、四一七、二〇〇円が、物上負担四億円を差引くことなく定められ、又、特約がこれを買主の義務としていない以上、売買契約上、売主の当然の義務だからである。

五 そこで、帝塚山観光が、抵当不動産の第三取得者として自己負担の出損四億円で、本件根抵当権の被担保権務を泉州銀行に弁済し、根抵当権を抹消したとすると、泉州銀行が弁済に充当したときに帝塚山観光は、会社更生法第一一〇条第二項の適用を受けて、弁済されたイの更生債権、ロの更生債権を主債務者・阪本紡績外に対して取得する(因にロの更生債権は常陸紡績に対するものであるが、常陸紡績は阪本紡績の一〇〇%子会社で更生手続は両社一体に遂行され、現に手続中に両社は合併しており、又、泉州銀行は事実上常陸紡績に対する債権についても弁済充当権を有していて、上告人及び帝塚山観光はこの弁済充当に対し異議がいえる立場にはなかった。

その外に、買主・帝塚山観光は、売主・上告人に対し、民法第五六七条第二項に基づき出捐四億円の償還請求権若しくは、売主・上告人が、前項の根抵当権抹消債務を不履行したことによる四億円の損害賠償請去債権を取得する。

ここで、原判決のいうように帝塚山観光と上告人の間で売買代金四億円の弁済に代えてイ、ロの更生債権を譲渡する契約が結ばれたとすれば、売主・上告人の売買代金債権は消滅するけれども、帝塚山観光の上告人に対する出捐償還乃至損害賠償請求権四億円は依然として残存し、上告人は帝塚山観光に対して、なお更に四億円支払わなければならないことになるではないか。上告人は売買代金のうち金一〇六、四一七、二〇〇円を受け取っただけで、四億円を買主である帝塚山観光に支払わねばならない。このような不合理な結果となる法律構成が誤りであることはいうまでもない。イ、ロの更生債権が実際に名目通り、四億円を回収できる見込みがあるのであればともかく、回収の見込みはないのであるから、当事者がこんな馬鹿げた代物弁済契約を締結する筈がない。原判決はありもしない代物弁済契約を判断の前提としている。

六 正当な法律構成は次の通りである。

先づ、上告人が帝塚山観光らに対し、留保された代金四億円により、本件根抵当権抹消債務の履行を委任した場合である。本件売買契約の様に売主が目的物件上の根抵当権の抹消債務を履行しない儘、買主に所有権を移転し、買主が右抹消債務の履行されるまで被担保債務相当の金額(四億円)の支払を留保し(売主の完全な所有権移転債務の一部としての根抵当権抹消債務と代金支払債務は同時履行の関係にあるからこの留保は買主の権利である)、かつ、買主が目的物件を転売したときに代金の精算を行う合意があるときはかかる委任があると解するのが当事者の意思に合致する。

この場合、帝塚山観光が売主である上告人の代理人として本人の名を顕らかにして泉州銀行に弁済したとき、上告人が四億円の代金債権を喪ない、その代わり泉州銀行が弁済に充当すると同時に、直接、イ、ロの更生債権を取得することに問題はない。

次に、帝塚山観光が自己の名で弁済したときには、一応泉州銀行及び阪本紡績との関係では、帝塚山観光が、泉州銀行の弁済充当とともにイ、ロの更生債権を取得するとすべきであろう。しかし、帝塚山観光と上告人との内部関係に於いては、なお、上告人がイ、ロの更生債権を直接取得したと解する余地があるし、そうでなくとも受任者・帝塚山観光が取得したイ、ロの更生債権は、委任者・上告人の負担した四億円の代わり債権であって、公平の見地からみて委任者・上告人のために自己の名をもって取得した権利というべきであるから民法第六四六条第二項に基づき、上告人に移転しなければならない。そして、移転行為は必要かも知れないが(或いは、売買契約上即時移転する合意があったといえる)、売主・上告人は留保された売買代金四億円をもって売主の根抵当権抹消債務を履行し、売買代金に代えてイ、ロの更生債権を取得したことになり、また、買主・帝塚山観光は、何の出捐もなく完全な所有権の移転を受けたことになり、法律関係は極めて簡明かつ合理的な結果となる。

七 委任ありとみるのが、かかる場合売買契約の解釈として当事者の意思に合致するというべきであるが、仮に上告人が帝塚山観光に対して根抵当権抹消を委任していなかったとしても、事務管理として帝塚山観光が売主の債務である根抵当権抹消債務を代わって履行することになる訳であるから、民法第七〇一条によって準用される民法第六四六条第二項により同様、イ、ロの更生債権を上告人に対して移転しなければならない。

この場合、右弁済が上告人の為の有益費用であることはいうまでもなく、帝塚山観光は管理者の費用償還請求権四億円を取得し(民法第七〇二条第一項)これと上告人に対する売買代金債務四億円が相殺されることになるであろうが、結果に於いて、前項の委任関係ある場合と同様、上告人は四億円の売買代金を失って、その代わりに名価同額のイ、ロの更生債権だけを手許に残すことになる。

八 更に理論上、帝塚山観光が全く売主の根抵当権抹消債務を念頭に置かずに単純に抵当不動産の第三取得者として弁済したと想定しても、第五項で述べた通りに帝塚山観光は、イ、ロの更生債権を取得すると共に、売主である上告人に対し四億円の出捐償還請求債権を取得し、他方上告人は買主・帝塚山観光に対し同額の売買代金債権を保有している関係が成立する。そうして出捐償還請求債権と売買代金債権は対等額で相殺されて消滅することになるけれども、この場合根抵当権抹消のための出捐の最終負担者は上告人であり、帝塚山観光にはイ、ロの更生債権を利得し、保持するべき法律上の原因がないから、これを上告人に返還する義務がある。この場合も、上告人は売買代金債権四億円を喪ない、その代わりにイ、ロの更生債権が手許に残ることになる。

九 なお、原判決は、帝塚山観光が泉州銀行に四億円を弁済して阪本紡績に対する四億円の求償債権を取得したとするが(前記第二項(e)の点)、阪本紡績は更生会社であり、泉州銀行が阪本紡績に対して四億円全額について更生債権者としての権利を行使しているから、帝塚山観光が阪本紡績に対する求償債権を行使する余地はなく、ただ弁済された泉州銀行の更生債権を帝塚山観光に於いて取得するだけである(会社更生法第一一〇条第一項ただし書、第二項参照)。原判決理由の前記第二項(e)の点が不正確であるとする所以である。

又、原判決が四億円の求償債権が、阪本紡績と常陸紡績との会社更生手続との関係でイの更生債権とロの更生債権として取扱われたとするのも(前記第二項(g)の点)甚だ不正確であり、四億円が弁済され、泉州銀行によりイ、ロの更生債権に対応して弁済充当されたときに、会社更生法第一一〇条第二項によって、弁済者がイ、ロの更生債権を取得するのである。この点に於いても原判決は不正確である。

一〇 結局のところ、上告人が売買代金四億円の代わりにイ、ロの更生債権を取得するに至ったのは、原判決のいう様な代物弁済契約などによるものではなく、自分で設定した根抵当権の主債務者が倒産し、そして権利者が掴到した四億円が弁済されたことの結果に過ぎないのであって、上告人の売買代金四億円は上告人の意思と関係なく、イ、ロの更生債権に変わってしまったのである。

そうすると、原判決の判断、すなわち、本件は、上告人が、弁済に代えて給付を受ける債権が回収不能になることをはじめから予測しながらあえて代物弁済契約を締結したもので、自ずから債権放棄をしたに等しいものであって、所得税法第六四条第一項にいう「回収することができないこととなった」場合に該当しないとする判断は誤りということになる。

一一 次に、譲渡代金が回収不能であるかどうかは、所得税法第六四条の適用上、一般社会通念によって決するのではなく、納税者はこの点について、通常、国税庁長官が有権的に解釈した基準に従って判断し、納税義務を履行するのである。

右の基準によって未だ回収不能でないとされるときは、社会通念上もはや回収不能であることがはっきりしていても、譲渡代金が回収することができなくなったとして同条項の適用を税務署長に対し求めても、拒否される。

一二 そこで、譲渡代金(求償債権についても同じ)の回収不能時期、金額について、国税庁長官の有権的に解釈するところをみると、先づ所得税基本通達(昭四五直審所三〇、昭四八直資四-六、直所二-二二追加)六四-一(回収不能の判定)は、「法第六四条第一項に規定する収入金額……の全部若しくは一部を回収することができなくなったかどうか、又は同条第二項に規定する求償権の全部若しくは一部を行使することができなくなったかどうかの判定については、五一-一一から五四-一六までの取扱いに準ずる。」と規定する。

そして同通達五一-一一(貸金等の全部又は一部の切り捨てをした場合の貸倒れ)は「貸金等について次に掲げる事実が発生した場合には、その貸金等の額のうちそれぞれ次に掲げる金額は、その事実の発生した日の属する年分の当該貸金等に係る事業等の所得の計算上必要経費に算入する。

(一) 会社更生法の規定による更生計画の認可の決定があったこと。その決定により切り捨てられることとなった部分

(二) ……」。

とし、同通達五一-一六(更生手続の対象とされなかった更生債権の貸倒れ)は「指定された期限までに裁判所に届け出なかったため更生手続の対象とされなかった更生債権については、更生計画の認可の決定のあった日において貸倒れとすることができる。」としている。

そこで、所得税法第六四条に規定する収入金額又は求償債権の回収不能時期は、これを切り捨てる旨定める更生計画の認可決定があったときということになる。

一三 本件に於いて収入金額四億円の回収の成否は、原判決が正当に判示している通り、譲渡代金とその代わり債権であるイ、ロの更生債権とを一体とし、その回収の可否によって決するべきであるから、その回収が不能となった時期は、上告人の届出債権、イ、ロの更生債権を、弁済しない旨定めた阪本紡績の更生計画案が大阪地方裁判所で認可された昭和五四年一一月一日である。

上告人が取得した更生債権は劣後債権であって、社会通念としては初めから回収不能と思われるものであるけれども、届出られず失権した更生債権についてさえも、更生計画認可のときまで回収不能を認定しない前記基本通達(五一-一六)の存在を顧みるならば、劣後債権であるからといって回収不能の時期、金額の認定基準を覆すことはできまい。

そこで、前記第二項(1)の原判決の適示は、「上告人は本件売買代金のうち四億円を回収することの不可能であることが確定的になった」とするべきではなく、「上告人は所得税法第六四条の適用上、本件譲渡所得の計算の基礎となる収入金額の一部(四億円)を回収することができないこととなった」としなければならない。

一四 なお、上告人が取得したイ、ロの更生債権は取得時点ですでに回収不能になることが予測されていたけれども、このようなことは債務超過の状態で抵当不動産の被担保主債務者が倒産した場合に一般的であって、仮に上告人が本件物件を他に売却し、一旦売買代金全額の支払いを受けて、泉州銀行に四億円を弁済した場合でも、取得するイ、ロの更生債権は初めから回収不能となることが当然予測される。この場合初めから回収不能が予測されていても、イ、ロの更生債権が回収できないこととなった場合、すなわち更生計画認可のときに、所得税法第六四条(第二項であろうが)が適用されることに疑念を差し挾む余地はなかろう。

原判決が、代わり債権の回収不能が予測されている点を問題にするのが誤りであることが知れる。そもそも所得税法第六四条第一項は、収入金額を回収することができないこととなった場合を要件とするだけで、回収不能が予測されたことを問題としていない。所得税法は、第五九条第一項第二号(低額譲渡資産については、時価により譲渡されたとみなす旨の規定)を設け、又、抵当不動産についての譲渡所得の計算上、物上負担を考慮することなく時価による譲渡代金決定を強制しているのであるから(この扱いが所得税行政実務であり、又、裁判例としては、昭五〇・一一・一七名古屋高等行コ二三、税務資料八三号五〇二頁外多数がこれを支持している)、物上負担部分の回収不能の予測がないことを第六四条第一項適用上の要件とする態度は奇怪といわざるを得ない。

一五 本件は上告人が口を酸っぱくして述べてきた様に、四億円の根抵当権負担を差し引いて売買代金を定めることが所得税法上許されていれば起こり得ないケースである。

担保に供された不動産売買代金を定めるのに、被担保債権の額を控除して代金を定める場合があることは従来民事上は当たり前のことであって、この場合には買主が抵当権抹消債務を引受けるか、少なくとも履行を引き受ける特約があるとみることになる(我妻栄民法講義、債権各論中巻(四三六)d昭三四年版)だけで、売主、買主間の関係に何の問題もない。

本件においても、上告人が帝塚山観光に対し本件抵当譲抹消債務を引受けさせる等して抹消に要する費用四億円を控除し代金を一〇六、四一七、二〇〇円と定めていれば、初めから回収の見込のない四億円の収入に対する多額の所得税を納付することはなかった。

ところが、所得税法はかかる取引きをそのまま承認しない。

若し上告人が帝塚山観光に対し本件物件を一〇六、四一七、二〇〇円で売渡したとしたら、税務署長は忽ち低額譲渡であるとして所得税法第五九条第一項第二号、同施行令第一六九条に基づき、時価(五〇六、四一七、二〇〇円より高い。)によって譲渡されたものとみなして更生し、これに対応する多額の所得税本税の納付を要求するとともに過少申告加算税を賦課してくるだろう。

そこで、上告人はやむなく、本件物件の交換価値からすでに泉州銀行に掴取され喪失している四億円を含めて、帝塚山観光と売買価額をとり決めたのである。

上告人及び帝塚山観光が、社会通念、経済観念に反して値段を定めた理由は前項末尾で延べた通り所得税法の規定と実務に強制されてのことであることを重ねて強調したい。売買代金額が決まれば、代金の回収可能性が社会通念からみて無くても、課税実務に於いて、売買代金額が譲渡所得計算上収入金額とされることは、所得税法のとる権利確定主義(同法第三六条第一項「……各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、……その年において収入すべき金額とする。……「)というものである。上告人は痛みを堪えて納税義務を忠実に果たすべく、本件四億円を収入金額に加えて確定申告書を提出し、かつ、所得税を納付した。

そして、問題はこの強制された四億円の売買代金に対する課税所得について生じているのである。まさに、やむを得ない事情で回収不能が生じたといわなければならない。

一六 翻って、所得税の徴税確保という見地から考えれば、抵当に供されている不動産の譲渡について、物上負担を抜きにして譲渡の対価を定めること、そして権利確定主義もあるいは必要なのであろう。

しかし乍ら、「所得税は経済的な利得を対象とするものであるから、究極的に実現された収支によってもたらされた所得について課税するのが基本原則であり、ただ、その課税に当たって常に現実収支のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いので徴税政策上の技術的見地から収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものであり、その意味において、権利確定主義なるものは、その権利について後に現実の支払があることを前提として、所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない。換言すれば、権利確定主義のもとにおいて金銭債権の確定的発生の時期を基準として所得税を賦課徴収するのは、実質的には、いわば未必所得に対する租税の前納的性格を有するものであるからその後において右の課税対象とされた債権が貸倒れによって回収不能になるがごとき事態が生じた場合には、先の課税はその前提を失い、結果的に所得なきところに課税したものとして、当然にこれに対する是正が要される……」

(最判四九・三・八民集二八・二・一八六)。

所得税法第六四条は、かかる是正要求に応じて設けられた旧所得税法第一〇条の六に由来するものであって、本件の如く、上告人が収入金額四億円を現実に支配したことが全くなく、その中から納税資金を一円たりとも得ることができなかった場合に、その適用を躊躇する理由は何もない。

一七 なお、又、上告人が本件物件を帝塚山観光に売渡すことなく、競売されてしまったとすると、所得税法第六四条第二項がまさにそのまま適用されて(所得税基本通達六四-四(5)、所得税「法第六四条第二項に規定する保証債務の履行があった場合とは、……次に掲げる場合もその債務の履行等に伴う求償権を生ずることとなるときは、これに該当するものとする。……(5)他人の債務を担保するため質権若しくは抵当権を設定した者がその債務を弁済し又は質権若しくは抵当権を実行された場合」)、泉州銀行から会社更生法第一一〇条第二項により取得するイ、ロの更生債権が更生計画認可のときに税務署長によって回収不能と認められ、更正請求が容れられた筈である。

上告人は、本物件を任意売却することにより、競売されて期待できる価額よりも高価額で換価することを欲したが、阪本紡績の巨額の債務について保証人であったため、その債権者に本物件を差押さえられて任意の処分を妨げられるのを恐れ、帝塚山観光に売ったけれども、帝塚山観光の手で本物件を最終的に処分された対価はすべて泉州銀行の他にもいた債権者の手に入っているのである。

そして、帝塚山観光が介在したことによる税負担の回避は一円もない。この点は課税関係を少し考えれば直ぐわかる。

漫然と競売されるのを待って安値で本件物件が換価されるのを待たずに、右の様に任意処分をはかったからといって、所得税法第六四条第一項の適用を否定してはならない。

一八 ここにも明らかな通り、本件は、早く上告人が泉州銀行に対して根抵当に供していたころ、主債務者・阪本紡績に対して、会社更生手続が開始され、そのため上告人が本物件を譲渡し、被担保債権相当の四億円を理の当然の結果として、上告人が負担することになったケースである。そして、この四億円は本物件の価値から抽出されるべく、又、その究極的負担者が根抵当権設定者である上告人となること、決して四億円の所得が上告人の手許で実現することがないこと、この四億円の所得に課税すればいずれは所得なきところに課税したことになるのが初めから決まっていたケースなのである。

そしてまた、上告人は、社会常念上は回収して納税財源とすることのできないことが に明らかな収入金額四億円について、所得税を納付したが、これは前述した通り、所得税法の強制するところに従ったためであるから、もはや所得税法の有権解釈上、この収入金額を回収することができないこととなった上は、この収入金額に対応して、納付された所得税を還付するのを惜しんではならない。

上告理由第二点

原判決が、上告人が本件物件を売り渡した主目的は債権者の追求を回避することにあり、本件は保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合に該らないとして、所得税法第六四条第二項の適用を拒否したのは、同条項の解釈を誤るものであり、理由不備である。

民事訴訟法第三九五条第一項第六号該当

一九 原判決は「控訴人が帝塚山観光に本物件を売り渡した主目的は債権者の追求を回避することにあり、保証債務を履行するために本件売買をしたものとは到底いえない。」として、上告人の所得税法第六四条第二項適用を求める請求を却けているが、同項にいう「保証債務を履行するため」という要件は単に主観的なものではないのであって、譲渡代金そのもので直接保証債務を履行する意図の下に譲渡した場合に限らず、広く資産が譲渡されることにより実現される所得によって、実質的、客観的に保証債務を履行する結果となる場合を含むのである。譲渡人の主観において積極的、能動的に保証債務履行の意図があったかどうかが、譲渡所得課税、非課税の別の根拠となる道理は課税理論上も税法上も全くない。

二〇 先づ、右同条には「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」とあるけれども、有権解釈によれば、厳密にその譲渡が人的保証債務履行のためになされた場合に限らず、「他人の債務を担保するため……質権若しくは抵当権を設定した者がその債務を弁済し、又は質権若しくは抵当権を実行された場合」にも適用される(所得税基本通達六四-四(5))し、「保証債務の履行を借入金で行い、その借入金を返済するために資産の譲渡があった場合」においても、当該資産の譲渡が実質的に保証債務を履行するためのものであると認められるときは、法第六四条第二項に規定する「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当するものとする(同通達六四-五)。

二一 質権、抵当権の実行は専ら抵当権者の意思に基づくものであり、質権、抵当権の設定者(所得税法上は譲渡人である)が、(物上)保証債務履行の意図の下に目的物を譲渡するということではなく、譲渡人の内心の意図の如きは全く関係がない。

又、借入金により保証債務を履行した後、その借入金債務を返済するため資産を譲渡するというのは、その譲渡そのものについて、主観的には、保証債務履行のためのものであるとは到底いえないことは明らかである。

しかし乍ら、所得税法第六四条第二項の立法趣旨からすれば、前項の有権解釈は正当であり、結局、上告人が主張する通り、同項の保証債務履行のためという要件は、資産譲渡によって発生した所得から客観的、実質的に(物上)保証債務弁済の資金が出ていることと解するのが正当であって、譲渡人の主観に重きを置き、これに惑わされてはならない。

二二 仮に譲渡人の意識に保証債務を履行するためという目的があることを所得税法第六四条第二項の要件とするとしても、その譲渡行為が専ら保証債務を履行するためであることを要せず、副次的、随伴的に保証債務を履行する目的があれば足ることは、不動産売買の実状を一瞥すれば直ぐわかる。

例えば、地主が企画中の事業に売買代金を資金として投じようとして、土地(仮に代金一億円とする)を売却したとし、その土地は、主債務者A会社権利者B銀行なる抵当権(仮に担保の金額一千万円とするが五千万円でも八千万円でも同じである)が設定されており、かつ、A社はすでに倒産をしていたとする。かかる設例はありふれているが、この場合地主は、B銀行に対し被担保債務を弁済することなく、この土地を売却することは取引きの通例としてできないから、己むなく物上保証人としてB銀行にA会社の債務を弁済し、抵当権を抹消した上で、売却するであろう。そして取引きの通例からすれば、売主である地主、買主、B銀行の三名が一堂に会し、買主は代金全額を提供し、その場で銀行は抵当債務の弁済を受けて抵当権抹消登記手続に要する書類を買主に交付し、売主は代金残額を手にし、これを事業資金に投ずることができ、又、A会社に対する求償債権を取得して、売買取引きは円満に完了する。

このケースで求償債権の行使ができないこととなった場合に(倒産会社に対する債権回収不能時期の認定については、前記第一二項の更生会社に対する場合の外にも全般的に有権解釈がある)所得税法第六四条第二項が適用されることを誰も疑いはすまい。

そして、この地主の意識における土地譲渡の目的が(物上)保証債務を履行するためとはまたいえないであろう。少なくとも地主は保証債務履行を主目的としていない。

けれども、地主が土地売却に当たりA会社のB銀行に対する一千万円の債務を代金の中から支払うことを余儀なく容認していたであろうことも明らかで、所得税法第六四条第二項の適用上、強いて譲渡人に保証債務履行のためという主観的目的が必要であると解するとすれば、この程度の副次的、随伴的なものをもって足るとしなければならない。

右第二一項で指摘した任意競売を実行される抵当権、質権の設定者(目的物件の譲渡人)についても、被担保債務の弁済を余儀なくされ、これを容認させられているという意味で、副次的、随伴的でさえもない消極的なものではあるが、保証債務を履行するためという主観的要件を充たすものといえる。更に、遡って考えれば、質権、抵当権の設定者は、その設定のときに未必的に(物上)保証債務を履行する目的を有し、かつ、その後もこれを維持しているというべきである。

そしていずれにしても、本件は譲渡人の主観的目的に於いて副次的、随伴的乃至未必的に保証債務を履行するためという要件を充たし、客観的、実質的に保証債務を履行する結果となった場合に該る。

二三 本件は、先にも述べたが、上告人が早く泉州銀行に対して根抵当の目的に供していた物件が譲渡されたのであるが、仮に上告人が主債務者・阪本紡績倒産後手を拱いていて、競売が実行され、競売代金から四億円が同行に配当されたとすると、その結果、必定、上告人は泉州銀行の阪本紡績に対する劣後的更正債権を取得することになり、結局、阪本紡績の更生計画認可時点に於いて、その回収不能が認定され、すんなりと所得税法第六四条第二項の適用が是認されたケースである。元来、同条項が適用されて然るべき状況にあったのであって、策を弄して譲渡所得に対する課税を故ら免れようとしたものではない。上告人が本件物件を帝塚山観光に対し譲渡した動機は、税務当局に非ざる一般の債権者の追求を回避するためであって、節税の意図さえもない。

上告人は、本件根抵当権を自ら設定し、帝塚山観光に対する本件物件譲渡に際し、代金中から四億円が泉州銀行に対する支払いに充てられざるを得ない事実を否でも承認し、容認していたのであるから、主観的にもなお、保証債務履行のためという副次的、随伴的な、そしてすでに未必的ではなくなった目的があったのである。四億円を支払いたくなくても支払わないわけにはいかない以上、支払いを覚悟せざるを得ないではないか。

このような事情の下では、上告人が、譲受人である帝塚山観光に対し、留保された売買代金のうち四億円を阪本紡績に弁済する様明示的乃至黙示的に求めたか、又、帝塚山観光が買主の権利として留保した売買残金四億円をもって、自己の権利として阪本紡績に対し、四億円を弁済したかは、泉州銀行が本件物件から四億円の支払いを受ける事実、この四億円について上告人がやがて回収不能となるイ、ロの更生債権を取得して最終的負担者とならざるを得ないという事実に何の影響もないのである。

二四 厳密に言えば、阪本紡績は更生会社であって泉州銀行が債権全額について届出ているから、会社更生法第一一〇条第一項ただし書、同第二項があるため、上告人若しくは帝塚山観光が将来の求償権を更生裁判所に届出ていたとしても、弁済したときに更生債権である「求償債権」を取得することはないが、イ、ロの更生債権は、主債務の代位弁済者である帝塚山観光乃至上告人が実質上は求償の法理に基づき取得するので(右会社更生法の規定は求償法理を実定法化したものである)、所得税法第六四条第二項にいう求償債権であることを否定する理由はなかろう。

二五 上告人が、阪本紡績の泉州銀行に対する債務四億円を弁済せざるを得ぬ根拠は、本件根抵当権を設定したという一事に、従って、その弁済は物上保証債務の履行の実を有し、そして、四億円の最終的負担者とならざるを得ぬ根拠は、泉州銀行の弁済充当により上告人がイ、ロの更生債権を取得する外なくなり、阪本紡績の更生計画に於いてイ、ロの更生債権が切り捨てられ、回収不能となった一事に尽きるのである。ここに於いて以上を総合すれば、本件は客観的、実質的のみならず、主観的な点からみても、「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当し、そして、求償債権の行使ができないこととなったときに該るのであって、所得税法第六四条第二項の適用を否定すべき理由はない。

以上

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